高校入学直後の進路希望調査で、将来の希望する職業に「社長」と答えた覚えがあります。先生は困惑したような様子だったように思います。その出来事を父に言うと、「社長というのは職業なのか」と思いがけない問いが返ってきました。
以来「職業」、ひいては「働く」とは何なのかを、考えるようになりました。そうした問題意識を持って学生生活を過ごし、その中で日本共産党に入党しました。
「ブラック」という言葉で「働く」ことが形容される状況の中で、私は非正規労働者として数年働きました。ブラックさを体験する一方で、やりがいや働く意義といった人間的な面も実感しました。
今、青年との対話の中では、「働く」ことのブラックな面ばかりがあふれだすように語られます。「働く」ことの人間的な面が忘れ去られたかのようにも感じられます。
安倍政権の憲法破壊の暴走が、「働く」ことと、そしてこれまで育まれてきた人間らしい生活を破壊しようしている中で、がんばり時だと決意を新たにしています。