日本共産党愛知県委員会の林信敏自治体部長に聞く県議選展望の3回目は、同党が「県議会に進出するとどういう変化が起きるか」です。
71年に初進出
―共産党が愛知県議会に進出したのは。
林 党の「第1の躍進」期の1971年県議選です。名古屋市千種区、岡崎市、豊橋市で勝利し、3議席を得ました。
共産党県議団は、県民の要求運動と連携し、医療費無料化や私学助成、中小業者の無担保無保証人融資の拡充、公害規制などの実績をあげました。
4議席に前進
―定数2の選挙区でも議席を。
林 定数2の名古屋市港区でも議席を持っていました。「第2の躍進」期の99年県議選では過去最高の4議席に前進しました。名古屋市千種区、港区、南区、一宮市で当選し、私も県議会に出させていただきました。
県政が動いた
―県政が動いた。
林 実感です。福祉・環境・財政破壊のゼネコン県政と対決しました。愛知万博計画を変更させ、オオタカの棲む海上(かいしょ)の森を守りました。医療費無料制度の改悪を阻止し、無料化を広げたことや少人数学級の実現も大きな成果です。
力不足でゼロに
―それが2003年県議選でゼロに。
林 国政・地方政治での日本共産党の躍進に危機感をもった支配層は、日本共産党を選択肢からはずす「二大政党選択」キャンペーンを展開しました。わたしたちは、この攻撃を突破する力が不足し、議席を失いました。
2011年県議選では大村・河村タッグの「第3極」の突風が吹き荒れ、減税日本が躍進し、またも議席回復がなりませんでした。
―いま、その「第3極」はダメに。
林 そうです。昨年の総選挙の結果、政権に復帰した自民党と参院選で躍進した共産党の対決、「自共対決」の時代を迎えています。
チャンス
―次期県議選は。
林 参院選の躍進は県議選勝利の可能性を開きました。次期は、なんとしても複数議席獲得で空白克服をなしとげたい。共産党が県議会に出れば、「オール与党」議会に風穴があき、県民の声が通ります。県議選勝利の保障、党勢拡大にご協力をお願いします。
〈連載終わり〉