日本政府は7月、TPP(環太平洋連携協定)交渉に本格参加し、関税撤廃などに向けた交渉が重大な局面を迎えています。これに盛り込まれるISD条項(企業と国家の紛争解決)の危険性に注目が集まっています。愛知県弁護士会司法問題対策委員会のTPP部会長で、「TPPに反対する弁護士ネットワーク」共同代表の岩月浩二弁護士(58)に話を聞きました。(本紙・村瀬和弘)
私はTPPの?本丸?はISD条項にあると見ています。このポイントは、グローバル資本の利益に反する政策があれば、国際投資家裁判で投資家が国家を訴えるということです。この裁判は投資家が投資家のために作ったものです。
常設の法廷はありません。世界銀行傘下機関である投資紛争解決国際センターに訴状を出すか、国連の委員会が決めた手続にさえ従えば、当事者同士でごく私的に進めることも可能です。
紛争のつど3人の裁判官が選ばれます。原告である企業と訴えられた国それぞれが1人ずつ選び、1人は合意で選ばれます。
その場限りで結論を出したら解散というもので、どこで開くかも当事者が決めるというものです。きわめて恣意(しい)性、密室性が高い?裁判?です。
ISD条項はすでに多くのFTA(自由貿易協定)に盛り込まれています。米国の投資ファンド、ローンスターが韓国を訴えたのが具体例です。同社が破たんした国有銀行を買収し、転売しようとしたところ、韓国当局の許可の遅れで儲けが減ったとして、同国を訴えました。
ISD条項は実際に提訴にいたらなくても、各国政府を萎縮させる効果を持ちます。
韓国版エコカー支援制度も米国の自動車業界から「非関税障壁だ。米韓FTAに反する」と攻撃され、韓国はISDを恐れて棚上げを余儀なくされました。
ISD条項は業界の自主的慣行も訴える対象にします。例えば食品の原材料について、企業が自主的に「遺伝子組み換えでない」と表示することを国が許していること(不作為)を提訴することも十分ありうる話です。
憲法全面改定のクーデター
立法、行政、司法のすべてにわたって国のあり方を変えてしまうのがTPPです。主権を外国企業に譲り渡すクーデターにほかなりません。日本国憲法の全面改定に等しい重大事態なのに、国民には知らされていません。
それは、国民主権が外国投資家に奪われるということです。外国投資家の利益を害するかということが一番の政策判断の基準になります。
普通の条約であれば最終的な解釈権は最高裁にあります。それが外国投資家裁判に持っていかれてしまうわけです。
これは司法権が最高裁と下級裁判所にあるという憲法76条1項の規定に反するし、国会が国権の最高機関であると定めた憲法41条にも反します。
憲法25条で定めた生存権も脅かされます。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という条文に、「外国の投資家の利益を害しない限り」の一文を挿入するに等しいものです。
TPPで問題になっている食の安全や医療費の問題もそこへ集中します。健康や生命をえじきにして儲けようとしているグローバル大企業の行き着く先は25条の侵害でしょう。
経済だけの 問題ではない
7月29日、東京・霞ヶ関の弁護士会館で「TPPに反対する弁護士ネットワーク」立ち上げの記者会見を行い、宇都宮健児弁護士(前日本弁護士連合会会長)、伊澤正之弁護士(栃木県弁護士会)とともに私が共同代表に就きました。賛同者はその時点で318人です。引き続き募っています。
最大の動機はTPPを農業あるいは経済だけの問題にしてはいけないということを訴えたかったからです。とくにISD条項が憲法問題であるということは法律家の中でも十分知られていません。
今後、弁護士の中でも学習を深めるとともに、運動団体と連携し、市民講座などにも取り組み、TPP反対の声を集約する結節点になるために力を尽くしたいと思います。